チャーリー・セント・クラウド

 映画について自由に語りたくとも、物語の結末に触れることは「ネタバレ」と称して原則的に禁止されるが、この邦題こそ最初からそのネタばらしをしているようなものだ。最初から兄弟のどちらかが死ぬことがそのタイトルから見当がついてしまうし、そして喪失と再生の物語であることも分かってしまう。そのとおりに、しかしかなりグスグズと話が進む。それにしても死者がこんなに永く「煉獄」もしくは「中陰」にとどまっていて良いのか。それにあまりに堂々と幽霊を出すので、もしや本人もすでに死んでいたという例の手口かと一瞬疑ったが、さすがにそれはなかった。あまり言いたくはないけれど、仮にも登場人物に恋愛をさせるなら、映画なんだからもう少しマシな女優を使って欲しい。アマンダ・クルーってホラーかオカルト映画系の女優なんじゃない ? 冒頭にしか出てこない母親役にキム・ベイシンガーを奢るくらいなら、同じアマンダでもアマンダ・シュールくらい投入してくれないか。主人公にザック・エフロンなる二枚目を当てると、往々にしてその相方は十人並になるというのは定法だけれど。おかげで年を取って脂の抜けたレイ・リオッタが光ることになった。
 セント・クラウドはフランス王クロヴィスの孫で、領地争いから二人の兄弟を殺されたが、自分は俗世を捨てて聖職者になった聖人らしい。だとすれば原題も知る人が見ればバリバリ「ネタバレ」のタイトルということになるか。


2010年 米 バー・スティアーズ
邦題 「きみがくれた未来」