不毛地帯

 昔見たときから、主人公壱岐正=瀬島龍三の非情さが気になっていた。冒頭、終戦後に、壱岐が自分の家庭も顧みずにかつての部下達の職探しに奔走する温情家として描かれるが、その後自ら商社に就職して戦闘機導入商戦に巻き込まれる(自ら引き起こす ? )と、そのときの部下、というよりこのときすでに手下扱いになっている、その手下(小松方正)の扱いがひどすぎる。戦友かただの仕事上の同僚かという違いはある。そして商社の仕事が彼を非情に変えたという話法にしているが、これでは戦時非情であらねばならなかったことの罪滅ぼしとしての、部下の就職斡旋という美談がすこしあやしくなってくる。すでに美談はほころんでいるのである。第一、部下達の職探し、と言っても瀬島龍三壱岐正は終戦後11年間、シベリアに抑留されていたはず。11年たってもまだ職が見つからないでいるということはないだろう。
 2007年、瀬島の死後、瀬島スパイ説が少しづつ表面化しつつある。
 中川八洋山本五十六の大罪」は、瀬島はGRU(ソ連参謀本部情報総局)の工作員であると断定している。同書によると、山崎豊子の原作小説はそもそも瀬島からの売り込みによるものだという。瀬島はそれで自分の経歴を隠し、善人であるというイメージつくりを企図し、そしてそれは成功した。
 書き直されるべき大東亜戦争史の、瀬島はその書き直されるべきキーパーソンの一人である。
 偽史というものが、外国の映画だけでなく、国産の映画の中にこそ蔓延しているような現況下で、それは大変な作業であるが、しかし、喫緊やるべき作業でもあろう。

1976年 山本薩夫