ワン・チャンス

 何か音楽というものに感動したい、打ちのめされたい、と思って映画館に行ったのだけれど、まあ予告編を見て事前に予測していた範囲内の話だった。しかし奥さんがよく出来た女性で、これは、都はるみの「夫婦坂」の英国版ではないかと思い、そちらのほうに感心した。作劇的には、テレビ番組のコンテストのところで最高の歌声を聞かせなければならないが、それまで歌声を完全に封ずるわけには行かないから、事前に主人公の美声は結構聞かされるので、実際のテレビの生の観客が感じたであろうほどの驚愕を伴う感動はそこにはない。むしろアガリ症の主人公が直前までテレビに出るのをいやがってグズグズしている場面で、この男をはっ倒したくなってしまい、感動の準備をするどころではなくなった。ここまで来たら出るしかないだろ、さっと行って来い ! このとき私は間違いなく「いじめられっ子」ポール・ポッツをいじめる側にいたことになる。
 肉感的なガールフレンド、後の奥さんに扮したアレクサンドラ・ローチは、「鉄の女」で若きサッチャーに扮した女性だった。当然ネットで画像検索するわけで、実際のポールは、扮したジェームズ・コーデンがむしろ二枚目に見えるくらい、もっと風采が上がらない男、その糟糠の妻、ジュリー・アンはズバリ肉感的そのもののような人。二人がネットで知りあったということに納得。
 ポールの話は、日本のバラエティ番組でも取り上げられていたから、知っている人は知っていたのだろうけれど、私は全く知らずにいて、実話に基づくというこの話を、スーザン・ボイルのエピソードが元ネタで、男性女性を入れ替えたのだろうと思っていた。しかしポールは「ブリテンズ・ゴット・タレント」の第一回の優勝者で、スーザンは第三回の、しかも準優勝だった。このように今は何でもネットで調べられて、こうして知ったかぶりが出来るのはありがたいというか何というか。
 ともかく、映画という形で、物語という形で、現実を加工すると、むしろオーセンティックな感動が失われてしまう場合が多い。かつてポールを虐めていた同級生を親父がラスト近くで殴り倒すが、それは約束されていた小さなカタルシスとはいえ、「今頃かい !! 」というツッコミを入れざるを得ない。そんなに遅くなってから殴り倒すのは物語というものを盛り上げようとしての作為である。
 もっとうまく騙してくれないか。

2013年 イギリス デビッド・フランケル