我が教え子、ヒットラー

 これがドイツで作られた映画であることが信じられない。つまりはナチス犯罪の無害化、脱色化である。「ライフ・イズ・ビューティフル」に勝るとも劣らぬ、欺瞞による人間悪の無害化だ。制作者たちはどのような心理でハーケンクロイツに席巻されたドイツの町並みの映像を再現したのだろうか。不可避の歴史の一端としてか、許すべき過去の非業としてか。ヒトラー自身が全然似ても似つかぬ俳優の滑稽極まるメーキャップによって喜劇化され、彼の残虐行為は、ただ親から虐待を受けた子供が代償として引き起こした行為であると、俗流精神分析家の言いそうなことを、全く本気でもなく言ってみたりする。ヒトラーの演説の指導者をユダヤ人とする虚構(実際の指導者はパウル・デヴリエントというドイツ人のオペラ歌手兼ボイストレーナーであるらしい)で、一体どのような皮肉が利くというのか良く分らない。監督・脚本のレヴィ自身が「ライフ・イズ・ビューティフル」のシュールレアルな話に触発されたらしい。曰く、「シンドラーのリスト」もナチスの惨禍の実態を表現できない、あの悲劇を表現するには喜劇化という異化が必要なのだと。さもありなん。強制収容所は戯画化され、ユダヤ人問題の最終解決、という言葉が何の苦渋もなく、歴史の中の一駒として置かれる。ナチスの側もユダヤ人の側もどちらも醜悪極まる凡人、俗人の集まりにしか見えない地平で、最後にヒトラーの教師が「独裁者」のチャプリンのような、歴史的には全く無効の演説をする。これだけの映像を浪費して一体何が言いたいのか、「喜劇」としてならどこで笑えるのか、「芸術」としてならどこを審美的に鑑賞したらいいのか、かいもく見当がつかない映画。ナチスの時代にスイスに亡命したユダヤ人を親に持つ監督の、これは一つの赦しの身振りであり、そのいささかも尊大さというものがない赦しを、ドイツ人が歓迎したということなのか。

Mein Führer – Die wirklich wahrste Wahrheit über Adolf Hitler 
2007年 ドイツ ダニー・レヴィ監督