ピアニスト

 キテレツな映画。音楽映画のつもりで見たので、異和感も一入だ。ウィーン国立音楽院のピアノ教授エリカ(イザベル・ユペール)。その社会的地位は相当に高いはずだが、しかしそれはピアニストとしては敗残者であることを示すだけ。娘がコンサート・ピアニストになることを望んでいた母の抑圧が彼女の精神を破壊する。父の抑圧を受けて狂気となる「シャイン」と好対照の話だ。「シャイン」のへルフゴッドは、観念奔逸症的な、一種愛すべき狂気を見せるが、こちらのエリカの内向的な狂気には鬼気迫るものがある。ほんの一握りの人しか表面に浮かびあがれないピアニストの世界は苛刻であり壮絶でもあるが、それはこの映画のテーマでない。この狂気そのものがテーマであり、映画はその狂気の表現に成功している。
 カンヌ映画祭受賞作を見る場合、それくらいは覚悟しなければならないというのが作法とはいえ、何分ショットが長すぎるのが退屈。描かれる性の倒錯もエロチックというより単に不快なだけ。狂気を描くのがテーマだから当然だが、その仕草が若いころのデ・ニーロに似ているブノワ・マジメルの美貌がなければ、この映画の不快さは限度を越えてしまっていたかも知れない。
 原作のエルフリーデ・イェリネクは、保守層からはポルノ作家とまで非難されたが、この映画の三年後、フランツ・カフカ賞ノーベル文学賞を受賞した由。

2001年 仏 ミヒャエル・ハネケ