まあだだよ

 百輭の天衣無縫振りを描いてそれなりに面白いが、俳優が実物より貧相、というのではいけない。松村達男の百輭先生は似ているとは思えないし、写真で見る百輭よりはるかに汚い。ここまでメーキャップして老醜を見せなくともよいという気がした。もっとも黒澤明のカラー映画に映る日本人は審美的にはどうかというものが多く、この人は色彩センスがないのかしらとさえ思ってしまう。私見では内田百輭役が出来るのは(身体的には)佐野史郎ぐらいだと思う。ちょっと太らせたら百輭そっくりで、怪異な性格を演ずるのも得意そうなので適役ではなかったか。師弟間の冗談はあくまでも師弟という人間関係を基にして成立しているものだから、その人間関係なしに冗談を聞かせられても、画面の中で弟子たちは大笑するが、見ている当方は笑うに笑えない思いだ。第一弟子の一人が所ジョージときては。彼は黒澤に「猫と同じ感覚で」起用されたらしく、演技にも何も注文をつけられなかったという。なんとなく納得したが、猫の方がまだまし、と言ったら言いすぎか。タレントとしての所ジョージは決して嫌いではない。念のため。

1993年 黒澤明