シャイン

 なかなか見せる映画だ。ナチスの迫害をのがれオーストラリアに亡命してきた、ポーランドユダヤ人の一家。息子のデヴィッド・へルフゴッドは、父親の夢を託され家庭でピアノの英才教育を受ける。この偏屈で頑迷な父親がすべての悲劇の根源なのだが、彼は息子に「優勝しろ」「強いものだけが生き残る」という、彼の収容所体験から得た生の哲学を教え込む。同時に息子のアメリカ留学やイギリス留学の機会をその家族至上主義から許さず、息子をひたすら家族というものに縛りつける。つまり二律背反の状況を恒常的にわが子に突きつけ続ける。こういう状況下にある子供が精神異常を来たしてしまうのは容易に想像できる。家族が一番大事だ、という父親の築いた家庭は実は暴政の支配する家庭で、その妻も娘も脅えながら暮らしている。父親は幼時、自分で貯金して買ったバイオリンをその父親に叩き壊されたという経験を持つ。それに較べたら、と彼はデヴィッドに言う、おまえは幸運なのだ。そして「僕は幸運です」と息子に声を出して言わせる。実は彼のしていることこそバイオリンを買い与え、同時にそれを叩き壊していることだと気づかずに。
 すでに発狂しているデヴィッドのもとを、長年の拒否の後に訪れた父親は、またバイオリンの話をしようとするが、デヴィッドは「そんな話は知らないよ」と、自分の狂気の根源に気づいたように父親を拒否する。ここでわずかに溜飲が下がるような気もするが、家族という運命の重さを吹き払うほどではない。家族というものは恐ろしい。それが自ら選べないものだけに。それが人間の幼時の精神を決定づけるものだけに。とは言いながら、フリチンでトランポリンに興ずるような陽気な狂人にして天才ピアニストのデヴィッドのプロポーズを受ける女性が現れて二人が結婚するラストシーンは、また家族というものが持つ光躍の一面を示している。
 映像美も申し分のない映画で、ピアノを弾くシーンの、構成や演出が素晴らしい。青年のデヴィッドがコンサートで初めてラフマニノフのピアノ協奏曲第三番を弾くシーンは鬼気迫る。
 日本の、規矩正しいピアニスト中村紘子は、このヘルフゴッドに冷淡である。なにより演奏技術が拙い。ただ狂気と愛によるそれからの回復という「物語」で売っていると見、それを「へルフゴッド現象」と称している。中村の目には、才能がありながら世間に埋もれたままの大勢のピアニストたちが見えているのだ。世間は何を置いても「物語」の方を好み、仮にピアノ音楽が好きだとしても単にそれは指のサーカスに驚いているだけに過ぎない。そして、コンクールに優勝するというもっとも解りやすい物語のほかに、盲目でありながら肉親や周囲の人の愛情によってピアノの才能を開花させたという物語や、母のずぼらさのため無国籍になってしまい、漸く難民として留学しながらせっかくのチャンスを風邪による難聴で潰してしまうなどという物語が愛され、脚光を浴びた。その影にはすぐれた演奏技術を有しながら、ただ実直なだけのために、売れない万百のピアニストたちがいる。とは言っても、その名声と演奏実力がかけ離れているということはそうはない。
 あるとき、偶然テレビでフジコ・ヘミングを見た。何かのインタビュー番組だったが、私がそこに見たのは、間違いなくただの不幸な老女だった。世を賺して斜めに生きている人間という圧倒的な印象を持った。そのとき、中村なら「フジコ・ヘミング現象」と呼んだかもしれない称賛のただなかに彼女はいたはずで、ただ毀誉褒貶のその毀貶の部分に相当傷を負った顔だと見た。外見の印象だけで丁丁するのは不公平と思い、試しにCDを買って、その演奏を聴いてみた。―結果、須臾にして私は彼女のCDのほとんど全部を買い求めてしまうほど彼女に傾倒した。何度も聴いた曲が彼女の演奏でまるで別の曲のように聴こえるということが何度もあった。特に彼女の演奏の中では、ショパンのピアノ協奏曲第二番の第二楽章「ラルゲット」が絶品である。
 ヘルフゴッドは、映画のサントラ盤も、ラフマニノフ協奏曲も聴いてみたが、「くまんばちの飛行」を始め、映画で見たときほどの賛嘆はなかった。聴覚だけではあの賛嘆が味わえないということは、指のサーカスに驚いているだけ、というのは私のことだったのか。

1966年 オ―ストラリア スコット・ヒックス