月光の夏

 この映画は見る機会を得ることが出来ず、小説の方で読んだ。特攻隊員が出撃を前にして小学校を訪れ、今生の別れに学校のピアノで「月光」を弾いたという話。小説はドキュメンタリー仕立てにして、その特攻隊員を探し当てる過程を描く、というものにしている。作者、毛利恒之氏は、取材の過程で「振武寮」という生還した特攻隊員の収容施設の存在を知り、この施設も物語に取り込もうとして、ピアノを弾きに来た隊員を二名とし、うち一名は生き残ったという虚構にした。出撃前に一人の隊員が「月光」を弾きにわざわざ遠路を歩いて学校にやって来た、というのは紛れもない事実らしいが、生存した隊員への配慮から登場人物を仮名にし、さらに隊員を二人という風に大幅に脚色した為に、この話をウソだと捉えた人もいて、話題を呼んだ映画だっただけに、少し紛糾したらしい。ために「振武寮」の話までその真偽が問われたりした。士気高揚のために、何らかの事情で引き返してきた特攻隊員を軟禁同様の扱いにして屈辱を与えた、というこの話は興味深い。今はその真偽を確かめる暇がないが、ありそうなことだ。
 You Tubeで一部その映像を見たが、冒頭で若い兵士が弾く「月光」も、ラストシーンで老人となったその兵士が弾く「月光」も、いずれも感動的というのも愚かな素晴らしい演奏だった。

1993年 神山征二郎