イル・ポスティーノ

 詩人=煽動家たらざるを得ない悲劇。自由・生命の美を謳う詩に感化されて、政治活動(それは貧困と支配を脱するためのささやかな集会だったが)に身を投じ死んでしまう、イタリアの貧しい臨時郵便配達人マリオ。片や、その「煽動者」、ノーベル賞候補にも擬せられる共産主義者の世界的詩人、ドン・パブロ(実在の詩人パプロ・ネルーダ)。いまや逮捕命令も取り消され、名声をほしいままにするその詩人をよそに、そのポスティーノは最後まで詩人への尊敬の念を抱きながら、無名の一失業者として、生まれてくる子供の顔を見られなかった父親として、無名の死を死んでゆく。世界遊行の途路、愛人とともにパブロがその血色の良い顔で、相変わらず貧しいイタリアを再訪した時、マリオはとうに死んでいることを観客は初めて知るわけだが、演出が淡々としていて、人の死に接して当然感じるはずのショックがない。自然さを装うという策に溺れた結果か。
 マリオを演じた男(マッシモ・トロイージ)はそれなりに味があるが、もう少し美男役者を使っても、映画文法上許される脚色だと思うが。―と、初見の際に私は思ったが、それはもしかしたら彼の容貌に何か不吉なものを感じ取ったためなのかも知れない。後で知ったことだが、マッシモ・トロイージは心臓病でロケの最中に倒れて、撮影終了の12時間後に亡くなったのだそうだ。

1994年 イタリア マイケル・ラドフォード