北京の55日

  「義和団の乱」を描いたこの映画は、上映時間三時間という正統的史劇の体裁をとっているが、史実を再現しているというより、架空の国の架空の歴史を題材にした冒険活劇と考えたほうが良い。伊丹十三紛する実在の人物、芝五郎中佐を脇役の扱いにしているが、史実は彼こそが北京籠城の主役である。
 そもそも「義和団」を、学校で教わるように自国の独立をめざすナショナリストの集団と捉えることからして間違っているらしい。このころ清朝は国の体をなしていないのだからナショナリズムなどあり得るはずもない。外国に籠絡され国内の格差が広がったことからくる暴動で、当時中国に林立していた武装集団によるものという違いはあるが、現在の反日デモの大掛かりなもの、というのが実際のところ。現在のデモも「反日」という免罪のためのナショナリストの仮面をつけているが、実体は格差拡大の不満を逸らすガス抜きなのだから。彼ら暴徒を時の支配者が利用するという構図もそっくり同じ。しかし、この映画の取る表向きのストーリーは以下の如し。
 1900年、日清戦争の後の北京。
 そこには外国人居留区ができ、各国軍隊が居留民保護のために駐留している。
 外国人(特に宣教師)排斥の結社義和団の闘争を西太后が支持して戦争になる。
 攻撃を受けた外国側(八カ国連合軍)が55日間の籠城戦を繰り広げる。
 救援軍が来て彼らが助かる。

 つまり、利権を求めて群がってきた西欧人をまるきり被害者扱いにし、西欧に対抗できるように中国の近代化に意をつくした日本は脇に置かれているわけだ。それにこの戦勝の過程で、ドイツを筆頭にヨーロッパ諸国が凄まじい略奪と暴行を働いたことは当然描かれない。その時市民が唯一略奪も暴行もしない日本軍警備地区に逃げ込んできたことも (建軍まもない日本軍はまだ軍規が保たれていた)。
 イギリスの公使にデビッド・ニヴンが扮しているが、アヘン戦争で中国を食い物にした首謀国の役人がどうしてあんなに紳士然としていられるのか不思議である。もっともアメリカもフランスもイギリスの戦果に便乗して中国と不平等条約を結んだのだから、同断である。恰好をつけてチャールトン・へストン扮する米海兵隊少佐が最後に戦争孤児を引き取るなどという話に仕立てても、底は割れているのだ。もっとも加害・被害の別はこの映画では不分明だが、西欧諸国も中国もそれぞれ歴史を偽造することをもっぱらにしているからお互い様というところか。しかし西欧は「戦場にかける橋」やら「パールハーバー」やら、世界規模の市場を持つ娯楽映画という手段で歴史の偽造をやるから始末が悪い。いくら映画産業というものが戦争のプロパガンダの手段として発展してきたとは言え。

1963年 米 ニコラス・レイ