シャンハイ

 予想通り不実な映画だった。なにしろかの高山正之氏が「似たもの詐欺国家」と呼ぶ、アメリカと中国の合作という最悪の映画なのだから。作中で「南京大虐殺」が言及されるに至ってこの映画に対する不信がピークに達する。しかしここで卓袱台をひっくり返せば、現在反日で暴れまくっている支那の暴徒と一緒になってしまうので、このような偽作の動機と背景を知るべく、いささかの距離をおいてこの映画を眺め続けた。
 日中国交正常化に際し、周恩来が「日本にはもう軍部というものがないから人民の負担になる賠償金は請求しない」と言い、日本人が涙を流さんばかりにそれに感激したとき、日本人は自らの生存の罪をすべて軍人に、兵隊におしつけて事を済ませたのだ。美しい夢を見させてくれる明治の戦争ではなく、一戦車兵として自ら死地をくぐらされた戦争として、先の戦争および昭和の軍人を単に悪とし唾棄して片づける司馬遼太郎も同断である。この映画を平然と見れる人もまた、そのように戦争悪を日本の過去の軍部の横暴として済ませて、少しばかりの羞恥を感じるだけで済ませているのだろう。
 日中国交正常化と言えばちょうどその時期に、朝日新聞本多勝一を起用した「南京虐殺」キャンペーンを張っている。まるで国交交渉に際して日本を少しでも不利にしたいのであるかのように。このキャンペーンは功を奏してその年に作られた中学の歴史教科書に「南京における4万2千人の殺害」の記事が掲載された。戦争中は他社にもまして好戦的だった朝日新聞が、ここにめでたく亡国の新聞という面目を新たにしたのだ。1975年のことである。これが中国共産党の目に止まり、抜け目ない彼等の嗅覚にひっかかかる。「三光作戦」より使いやすいプロパガンダのネタを見つけたのだ。1981年、中国国定教科書に初めて「南京大虐殺」が出る。1985年には「虐殺記念館」が作られる。中華人民共和国建国後36年にしてようやく。中国はかくて歴史カードと国内民主化要求を反日に逸らす方法とを手に入れた。どうせなら話は大きいほうが良い。その後この数字は膨れ上がって殺害30万人、強姦8万人に増大している。
 この映画では、その南京虐殺の捏造された記憶が語られ、日本軍の横暴を恐れる上海の人民が描かれ、間を縫って圧政下で共産革命を夢見る美女が出てきたりする。
 この映画のキモの一つに、アメリカのスパイが友人の殺害事件を追っていく中で、日本軍の真珠湾攻撃計画を知る、ということにあるが、だとするとこのスパイは相当なマヌケで、現在では、アメリカは日本の暗号をほとんど解読していて、真珠湾攻撃などとっくに知られていたことがわかっている。
 物語を作り、歴史を語ること、そのこと自体に欺瞞が含まれる、いや、そのこと自体、ある出来事に因果関係を当てはめて説明するという、その行為そのものが欺瞞なのかも知れない。そうでなければアメリカが語る主体のこの映画で、中国を始めアジアの簒奪行為に遅れて参加できなかっただけに過ぎないのに、アジアに対してアメリカは中立を維持していたなどと自ら揚言できるわけはない。メキシコ(テキサス、カリフォルニア)、ハワイ、フィリピンを掠め取った彼らが、ドイツナチズムはもとより、日本を帝国主義と断じ、自らを自由の守り手と規定するなどということが、かくも堂々とおこなわれるはずがない。そもそもが戦争という人間の悲劇を、ひと組の美男美女の「愛」というものの中で回収しようとする、娯楽ストーリーを量産する映画産業とは一体何なのか。自らをして藝術と規定する装置まで備えるに至っても、映画は永い間虚業的産業と見なされてきた。しかしそれは間違いだった。今や「情報戦争」の戦場と化したこの世界で、映画は偽情報/プロパガンダという実弾を放つ実業である。プロパガンダ好きでは人後に落ちない中国が、この映画産業にすり寄っていくのは当然である。
 真実を描こうとする(この場合でも歴史を語ろうとする限りそこに欺瞞があることは不可避である)日本側の映画「南京の真実 第一部 七人の死刑囚」は2008年にとりあえず公開されているが、日本映画のダウン・ストリームの乏しさは情報戦争上、圧倒的に不利であることは否めない。
 それにしても、ハリウッド俳優という虚名欲しさにこんな映画に出演した渡辺謙菊池凛子を見ると、俳優という職業の空しさを感じる。虚栄心は満たされたかも知れないが、こんな映画に出演して彼らは一体何を得たというのだろう。それでも、根っからの中国好きで「ジョン・ラーベ」(2009)という国辱映画に出演した香川照之あらため市川中車ほどではないか。香川はこの日本で公開が禁止された映画で、あろうことか浅香宮(昭和天皇の叔父)に扮し、南京において昭和天皇の名前を出しつつ皆殺しを命ずるのである。この東大文学部卒のエリートは、中国のプロパガンダの片棒を担いだというより、日本の冤罪そのものに加担したのだ。

2011年 アメリカ・中国 ミカエル・ハフストローム