ガス燈

 どういう訳か初見のつもりで見ていたが、しばらくして以前に見ていたことに気がつく(見ていたどころかそのDVDを所有さえしていた)。これが1940年の英国版なら希少らしいが、1944年の米国版。見ていたとは言え、あらかた筋は忘れていたので、そのまま見ることにした。
 人間の心理を操作して狂気に追い込む、この悪魔的にひどい所業を、どう見てもせいぜい品の良いおじさんに過ぎないシャルル・ボワイエが二枚目気取りでやっている。そのフランス訛りの英語のいやらしさが役柄にぴったり。一方の刑事役はジョゼフ・コットンなので甚だ頼りない。この映画でアカデミー主演女優賞を取ったイングリッド・バーグマンが、少しも美しく見えないというのはいつもの通り。最初は憧れの女優だった人だが、何かの映画で幻滅して以来、どの出演作を見てももはや美しいと感じられない、というのはどういう心理か。彼女の容姿は彫刻的というのも愚かなほど整っているし、特にモノクロ映画で見た彼女の姿かたちは超絶的なほどの美形である。しかし、実際に生活の場で彼女に接したら、その整いすぎた顔に鬱陶しさしか感じないのではないか、ということをつい考えてしまうのだ。精神病院に通ってまで研究したという、徐々に発狂寸前になっていく演技は迫真的だと評判だけれど、今見れば、型にはまった古典的演技の域を出ていないようにしか見えない。
 男好きのする蓮っ葉な女中に扮した女優は、この機会に調べたら、何と晩年ジェシカおばさんになる、アンジェラ・ランズベリーで、この時17歳、デビュー作のこの映画でアカデミー助演女優賞にノミネートされた由である。
 劇中、音楽界でのピアノ演奏シーンがあり、シューベルトの「ピアノ三重奏曲」、ベートーヴェンの「悲愴」、そしてもう一曲は、何とかの「戦場のピアニスト」で有名になったショパンの「バラード1番」だった。もっともこの曲の演奏中にバーグマンが叫び出してしまうのでゆっくり聴けるわけではない。

1944年 アメリカ ジョージ・キューカー