ル・アーヴルの靴磨き

 ル・アーヴル。スーパーというものがなく、近所のパン屋八百屋で買い物をするような街―パトリ(住民の誰もが固有で、入れ替え不可能な郷土)が残っている街―の住民が不法入国の黒人少年に示す善意。最後は警視までもそれに感化されてしまう。その善意の対価であるように不治の病が奇跡的に治る、という、これはキリストの物語を反復する話だ。
 映画なんだから美人を出せ、とは今回は言わないでおこう。そんな美人が出たらこの話は台無しになる。もっとも、もともと台無しな話なので美人を出してくれても良かった。
 そもそも移民というものはこのパトリを破壊する存在ではなかったか。大丈夫、少年の親族は移民キャンプに収容されたし、少年自身はロンドンにいる母親の元に行くのであって、この街はただ通過するだけなのだから。
 しかし、キリストとはパトリの排他性(定住農耕民族の保守性)を否定する砂漠の住民の、開かれた交通が要請した存在ではなかったのか。つまり、キリストの物語の反復とは言っても、これはかなりマイルドなそれである。

2011年 フィンランド、仏、独 アキ・カリウスマキ