クライシス・オブ・アメリカ

 他者の思考を支配する―他者の自由を根源的に奪う―洗脳という、考えられる限りの最先端の「悪」を扱っている映画だと思ったが、フランク・シナトラの「影なき狙撃者」(1962)のリメイクらしい。つまり軍隊と洗脳というテーマは朝鮮戦争時にすでにあったのだ。「影なき狙撃者」では、洗脳の手段に潜在意識の操作ーパブロフの条件づけ―が使われているが、本作では物理的、生化学的な遺伝子工学が使われており、そのことが、この映画を最先端の映画だと思わされた一因。
 この映画に関しては町山智浩氏の「深読みシネガイド」に十全な解説があるから、詳しくはそちらに譲るとして、ただこれらの映画の原作は、リチャード・コンドンの小説「マンチュリアン・キャンディデイト」―満洲の候補者−傀儡政権、(1959年 米)であるが、傀儡を意味する成句として満洲を使っているのが小面憎いところだ。満洲は「リットン報告書」で実質的には国際的に認可されていた―即ち傀儡ではない、れっきとした独立国である。これを認めなかったのは同地に進出する野望を持つアメリカのみ。もう一つの「傀儡」南京国民政府の汪兆銘夫人、陳壁君は、法廷で、汪兆銘が日本の傀儡だと難じられ、「夫が傀儡だというのなら、蒋介石は米ソの傀儡だ」と証言した。蒋介石スターリンの手に操られていたのは間違いのないところだが、アメリカもまたスターリンによって操られていたのだから、蒋介石アメリカの傀儡だというのはすこし当たらない。1950年には赤狩りが始まっていており、アメリカ国内にスターリンの謀略の手が伸びているとの認識はアメリカにあったのだから、傀儡を意味するのに「ルーズベルティアン・キャンディデイト」とでもしたほうが分かりやすくはないか。とにかく英米も枢軸国もいいようにスターリンに、KGB/ スターリンの機関であるコミンテルンに蹂躙され、第二次世界大戦は冷酷無比の謀将、ヨシフ・スターリンの一人がちだった。有田芳生氏のヨシフという名は、労働運動家の父がスターリンにちなんでつけたらしいが、スターリンの謀略があからさまになりつつある今、その心境や如何。日本を挑発するために起こした、あの凄惨酸鼻極まりない通州事件も、もとはと言えばそれを演出したのはスターリンであることを思えば、いくら親から貰った名前だといっても、ヨシフなどという名をつけたまま表を歩けないだろう。

2004年 米 ジョナサン・デミ