ギリシャ人、ゾルバ

 「その男ゾルバ」と意訳した邦題にはなかなか味がある。ギリシャゾルバ、と言うけれど、見ているうちにアンソニー・クイン扮するゾルバは流暢に英語を話すニセモノのギリシャ人に過ぎないと思えてくる。本物のギリシャ人は、悶死した息子の恋の相手をナイフで殺害する父であり、異教徒の女(西洋人、非ギリシャ正教徒)が死ぬそばから家財一式を略奪する近所の住人たちであり、魔女さながらの不気味な黒衣をまとう老婆たちである。どうやらそれがクレタ島に住む、ギリシャ人の真の末裔らしいのだ。楽天的で何ものにも動じないゾルバ、そしてダンスを巧みに踊ることに愉楽を覚えるゾルバに、ギリシャ人の本質を見ようとするのは、作中人物たるイギリス人作家バジルの単なる幻想に過ぎないように思われる。原作はギリシャ人作家ニコス・カザンザキスの小説だが、彼は、オリエントの文明に支配された蛮人であった出自を隠し自らの文明の起源を知に卓越したギリシャに措定している西洋人の欺瞞に、表向きは加担するとみせかけ、実はそこに幻想と現実の微妙な差異を忍び込ませておいたのかもしれない。

1964年 米・英・ギリシャ マイケル・カコヤニス
Zorba, the Greek